『半僧半俗ノート 〜日常と仏教の交差点〜』をお読みの皆様、こんにちは。
ニュースでも報じられていますが、今年も京都で祇園祭が始まりました。テレビから流れてくる「コンチキチン」というお囃子の音色を聞くと、「ああ、関西にもいよいよ本格的な夏がやってきたな」と肌で感じます。
現在では華やかな夏の風物詩として有名な祇園祭ですが、皆様はその起源をご存知でしょうか。
お祭りが始まったのは平安時代(869年)。当時、都では恐ろしい疫病(伝染病)が猛威を振るい、多くの人が命を落としていました。その疫病を鎮め、亡くなった方々の魂を慰めるために、当時の国の数と同じ66本の鉾(ほこ)を立てて神仏に祈ったのが、祇園祭の始まりだと言われています。
つまり祇園祭は、自分たちが楽しむためのイベントではなく、「どうか病が治まりますように」「どうかみんなが助かりますように」という、切実な「祈り」から生まれたものなのです。
この「自分以外の誰かの平穏を願う心」は、仏教の大切な教えである「利他(りた)」に通じています。
私たちは日常の中で、仕事や人間関係で行き詰まった時、「なぜ自分ばかりこんな目に」「もっと自分を認めてほしい」と、どうしてもベクトルが「自分」に向いてしまいます。自分のことで頭がいっぱいになると、視野が狭くなり、余計に苦しくなってしまうものです。
そんな時こそ、祇園祭の起源のように、視点を少しだけ外に向けてみてはいかがでしょうか。
「あの人が今日も笑顔で過ごせますように」
「一緒に働く仲間が、少しでも楽になりますように」
不思議なもので、誰かの幸せや平穏を心から願う「利他」の思いを持った時、凝り固まっていた自分自身の悩みも、スッと軽くなっていることに気づきます。誰かを想う祈りは、巡り巡って自分の心に余白と安らぎを与えてくれるのです。
今年の夏は、祇園祭のニュースを目にするたびに、周りの誰かの平穏をそっと祈ってみてください。
皆様にとっても、心穏やかな週末となりますように。
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